西日本豪雨災害から1年たって...

 7/8という特段思い入れの無い日にやっと書こうと思えました。

西日本豪雨災害からまる一年たちました。2018年7月6日という日は僕にとって忘れられない日になりました。

 この災害によりたくさんの人、建物、環境、或いは思い出の品を失った方々がいます。幸いにして僕自身は家族、親族にも直接的な被害がなく、他者をサポートするという役割を僅かながら担うことが出来ました。

 本当に多くの方々が失うものが多かった一方で自分自身は得たものが多いという状況にやはり申し訳なさがあるのです。自分が先頭を切って人助けをしたという意識はなく、むしろ人に頼って、そして情報発信のテクニックを微弱ながら駆使したこと、ぼくよりも影響のある全国の方々がそれに答えてくれたこと、そして昔の陸上部コミュニティや地元の方々が親身になっていただいたこと。そして僕のような者を無条件に信用してたくさんの活動費を御支援して頂いた方々。

 

 本当に他者からのあたたかい支援を僕も受けて、誤解を恐れずに言うと、神輿の上に乗ったからには先陣を切って、という思いもありました。また、様々な地域が被災された中で支援や復興の速度が、その声の大きさや或いはマスメディアの露出に影響するようなことも感じたので、積極的に取材を受けたりもしました。

 

 有事というのは僕も含めて良きにしろ悪きにしろ人間らしさが出るものだと改めて感じました。ボランティアセンター発足当時、行政側も同じ被災地ということも忘れ、自分なりの精一杯にあぐらをかいて批判したことはやはり恥ずべきだと思います。

また、そんな人だと思ってなかった方がとても熱い思いで、体もしんどい支援活動を共に支えてくれたことは本当に勇気を頂きました。

土砂撤去作業なんかはやはり一人では到底できません。しかしある時は一人で作業してくれる方も居て、単純に自分も頑張ろうと思い継続することが出来ました。

 

 とはいえ、自分たちがやってきた支援が本当に必要だったのか、という思いは今も僕の中に存在します。自己満足ではないのかと言われればそのような気もしますし、仕事をほったらかして他者の支援をするということを御指摘されたこともあります。

けれども、そのような不安や迷いも実際にありがとう、という言葉を頂くと素直に嬉しく頑張ろうと思え、また共に活動する仲間との会話に中にも充実感がたくさんありました。

 

 結論、ボランティアなんかは自己の為にやることでただのお節介を働いただけです。少なくとも僕はそう思います。やってくれ、と言われては、出来ることならやります、と言い、もうこの辺でと言われれば、わかりましたと身を引くくらいで良いのだと思います。

しかし、ボランティアをしたい側の気持ちと支援を受ける側の気持ちのハブになれたらという思いがあるので&KUMANOというチームの存在は今後も継続していきたいです。

 昨年のお盆に避難所で熊野健康スポーツ振興会の縁日イベントを手伝わさせていただいたとき、避難してる子どもたちの笑顔が本当に忘れられません。それを見ていた保護者の方やたくさんの大人の笑い声も。

 人と人の間に何か良い作用があるとこんなにも良い笑顔を作れるということ、その笑顔をみた他者が幸福感を得られること。僕は実感しました。

その良い作用を作る原液として少しでも自分がその一滴となれるのならやはりそれは幸せなことだと思います。

 

 災害から1年たち本当にいろんな思いの方がいると思います。僕は僕の一滴を注ぎたいです。今回の災害を経験した者の一人としての決意です。また来年がどうなるか僕にはわかりませんが2019年7月8日の気持ちをここに記します。

 

 幸いにも7/20.21は「見せよう!熊野の底力!元気!復興!笑顔!」というイベントに携わせて頂きます。このイベントでたくさんの笑顔が生まれるよう、自分の役割を全うしたいです!よろしくお願いいたします。

 

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